相互リンクを募集しています. リンクフリーにはしていません 「変形性股関節症及び脊椎分離症」 「小遣い及び仕事に頑張っている方」 「節約系」 「株式及びFX投資」 に絞りたいと思っています。 興味のあるかたはコメント等頂ければ嬉しいです。 尚、Wワーカーなのでお返事が遅れることがあります。その旨ご了承ください

2014年01月13日

回顧録 終幕

現在の会社に転職し5年・・
年収で言えば最盛期から200万円以上のダウンです。元々、製造業というのは残業手当、交代制における深夜手当等を含めて「まともな給料」という側面がある。基本給だけで税金などを引かれては手元には残らない。求人に載っている大手自動車メーカーの期間工の給料をみれば一目瞭然だ。
27〜28万円と大きく書かれている下に、必ず残業時間、深夜手当〇〇時間を含むと書かれていますね。

200万円以上のダウンであっても、社会保険や厚生年金に関して負担が軽減されているから、文句は言えません。
我がヒモタヌキ父家は生活水準が低いので、現時点、子供が小学生のうちは年間支出が200万円で収まっています。収まっている間の5年間で株式投資に使っている元金を増やしてきました。生活費などの必要経費を引いた全額といいてもいいでしょう。

何故? そこまでして投資にお金を回しているのか?

理由はサラリーマンのロマンとしか言いようがない。
お金はまとまらないと効力を発揮しない。故にまとまった資金で投資をしないと利益率も悪い。
NISAで100万円枠で投資しても昨年末のmixi株の様に化けないと旨味は少ないでしょう?

果実を収穫するには種ができてから・・基本だと考えています
私の種銭は、此処までで終了。
現在の貯蓄におけるバランスが無茶苦茶悪いので、今後はその辺りを改善します。
何といっても、現金預貯金が18万円{昨年の収入の残金}しかないからなぁ。
ヒモタヌキの教育費と預貯金率の向上が今年のテーマです。

この回顧録を書くきっかけとなった「株式投資資金の元金」云々・・umiさんからのコメント{13年12月7日記事}
・・有難うございます。

あまり参考にはならなかったでしょう。FPの勉強をした時に「住宅ローンを4年で返す」方法なんて参考書に載っていないしですし・・。
資格はあったほうが良いに決まっていますが、それ以上に知識を現実にフィードバックさせる事が必要だと思っています。
私も若かかりし頃は「資格をとろう!」と教材費にいくら使ったことか‥
まともに試験合格したのは宅建だけでしたが‥
宅地建物取引主任者、行政書士、ファイナンシャルプランナー・・知識の蓄積を現実生活に、如何に反映させるか・・・・

私の様なしがないWワーカーで朝刊配達員でも、出来る事もありますから、上昇志向のある人なら、もっと上手くいくことでしょう。



まとめ
現在の元金のうち、約350万円は奥様からの資金提供。それ以外がほぼ給料からの移動です。
株取引での売買益はほとんどない状態・・自慢にもならない!
昨年に利益でさえ「元に戻した」だけで、今年の確定申告では税金が還ってくるレベル・・
リーマンショックの痛手は大きかった・・

個人投資家で勝ち組は10%もいない・・

激しく同感です



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posted by himotanuki-f at 06:01| 愛知 ☀| Comment(4) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月05日

好事魔多し

34歳で住宅ローンを完済した後・・
安心感と義務感からの解放で一時期、虚脱状態でした。
当時やっていたパン屋さんのバイトも辞めました。これは自主的に、と言うよりパン屋の親会社の倒産により、アルバイトの給料が支払えなくなった為です。
良いバイト先でしたが、頃合いも良かったのでしょう。

本業の会社員はやっていましたし、年収的にも600万円を超えていました。
第三者から見れば、順風満帆の状態。それでも私自身は自分自身と現状を信用できていませんでした。

「こんな状態は、何時までも続かないだろう」と・・

それ故に、貯蓄ペースに大きな変化もなく、35歳・36歳・37歳・38歳の4年間で約1200万円の貯蓄。
これが現在の株取引に使っている資金の原資になっています。

転機
37歳の時、長男 ヒモタヌキが誕生しました。
そして・・
平成17年・・
突然の体調悪化・・歩けなくったのです。当時は原因不明状態。
17年初頭から体調が悪化し、同年11月末に会社を退職。
上司、同僚から驚きの声が上がるほど、意外な退職選択に見えたのでしょう。

翌18年2月に同業他社へ転職するも、体調が悪化。
そして・・「変形性股関節症」の診断が判明。

19年2月 退職
19年3月 変形股関節症の手術で入院。約1年1ヶ月の自宅療養に突入。
この間、無職でしたが傷病手当の申請により、弱冠の収入があり、家計は赤字にはしませんでした。
貯蓄を取り崩すことはありませんでした。

・・この辺は「計算式」を弾いての手術への決断でした。
貯蓄金額、自分の年齢、子供の年齢、保育園料への影響、傷病手当の受け取りが可能かどうか・・この辺が私が算盤を真剣に弾いた初めての経験だったのではないかな。

例として、本来の会社員収入で私が支払うるべき保育園料は月額25000円〜30000円だったでしょう。無職無収入、病気理由で私が支払っていた金額は月額 約5000円程でした。

「計算高い」といわれる所以ですね

20年1月末 担当医師から就業許可が降り、ハローワークにて雇用保険の申請と転職活動を再開。

20年5月 現在の新聞販売店にて朝刊配達を始める。
転職活動の長期化に備えてのバイトでした。40歳の中年が病気療養で履歴書の空白が1年以上あるので、簡単に転職できる、とは思えませんでしたから。
事実、面接では「空白期間」を問題視され、数社に落ちていました。

傷病手当から失業保険の収入に頼った約1年半・・丁度、5月末に公的収入が途絶えたとき、転職先が決まりました。
現在の職場です・・
悪運だけは強い・・そう自分でもそう思います
・・
「好事魔多し」
どれほど順調に見える時を過ごしても、暗転する時があります。平成17年からの4年間、男性の厄年を迎えた頃の私がそうでした。
それでも復活できたのは、家族の支え{奥さんのパート勤めと介護}と経済的に住宅ローンがない持ち家を所有し、且つ貯蓄が1千万円を越えていたことがあります。

自分自身と好調時の現状を信用していなかった事が「備え」として機能しました。

私たちの40代後半前後から60歳代前半はバブルを経験しています。今の20歳代、30歳代が「信じられない」時代を‥です。
時代が変わり、昨年からの金融政策で物価は上がるが、賃金は変わらない。
現在は雇用情勢は悪化し・・例を上げれば、ソニーがまた工場閉鎖を発表しました。私と同世代の中高年で職を失った男性には復活が難しい時代にもなってきました。
リストラ対象は40歳代からになり、正しく、私と同世代が路頭に迷う時代です。

バブル時代からリストラ時代の中で、この先「50歳代」に何を持っていくか・・試されている、そんな気がしています

若い世代の方へ{特にヒモタヌキへ}贈ります
貯蓄しろ! 倹約をしなさい!
・・
等と言う馬鹿げた事はいいませんし、説教もしません。
私も貯蓄や倹約って嫌いですから・・だって楽しくないでしょ?

基本、散財や成金、やりたい放題という言葉が好きですし‥
20歳前半の若者から見て、40,50歳代の中高年、初老の世代にも確かに「20歳代」という時代は存在したんです。その辺を考察してみても良いかもしれませんね




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posted by himotanuki-f at 07:51| 愛知 ☀| Comment(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

何もしない・・それだけです

悪逆な住宅金融公庫{当時}から。住宅ローン支払いの35年分の明細書が届いた時、私の中で「貯金意識」が初めて芽生えました。
奥様に「6年間返済宣言」して以降、何をしたのか?
・・
芽生えた割には、実は大したことはしていない。
Wワークを始めた事くらいか。
会社が終わった後に19時〜23時頃までパン屋さんで成型のバイト。月額3〜4万円位の収入増になりましたが、これローンの為だけではなく、「会社に飽きて、他の仕事を覗き見してみたかった」事のほうが大きい理由でした。
短期バイトを入れていたのは20歳代の頃からの癖みたいなもので、会社の仕事に嫌気がさすと、他の会社が気になりバイトするというのは、私にとって特別な事ではありませんでした。

この当時30歳〜37歳の私の年収は550万円〜620万円へ上昇して行った時期でした。役職も主任から係長へ昇進していたのが、大きな理由です。

収入が増加し、尚且つ結婚しながら生活をまるで変えなかった

私が住宅ローンの支払いに際し、採った方法はこれだけなんです・・大した事してないでしょう?
性格なのでしょうが、30歳代 会社員で係長職、年収600万円前後・・であっても、平気で20歳代前半の若い子に使われながら、時給800円位で、メロンパンやあんパン、クリームパンにカレーパン・・等の成型バイトが出来るのが特技か・・

この生活を送ったことで、奥様には、かなり不満を抱かせたことでしょう。
これだけが唯一の反省であり、不徳です・・よく我慢してくれたものです。
そして、住宅ローン完済の最大の理由が「奥様の我慢」だと思っています
ローンが無くなれば楽になる・・誰もがわかっていながら、出来ない理由が「我慢出来ない」事ではないのかな{?}

住宅ローンの繰越返済
住宅ローン繰越返済は誰もがする方法ですが、繰越返済をした時に、それ以降の支払方法を見直せますね。

@毎月の支払金額を変えずに、返済期間を短縮する
A返済期間を変えずに、毎月の支払金額を減額する

この2つの選択ができます。私は繰越返済をする度にAを選択しました。
これで毎月の貯蓄額を増加できるからです。

では・・誰にでも出来そうな単純な住宅ローン返済のまとめ

30歳
住宅ローン 借入れ
金融公庫1200万円 
銀行  800万円

手持ち資金700〜800万円

31歳
手持ち資金全額放出
銀行ローン 800万円完済
給料が入らないとタバコも買えない状態になりました。貯金は万の単位で0円。

32歳
金融公庫 300万円 繰越返済

33歳
金融公庫 300万円 繰越返済

33歳
金融公庫 300万円 繰越返済

34歳
金融公庫 300万円 繰越返済

毎月の支払いをしながらも、合計1200万円完済したのが34歳頃。
当然、貯金などなく万円単位で0円のすっからかん状態。

早く抵当権を外せ!・・みたいな至極、単純明快。
数字だけ見れば、難しいことは何もしていない。
ローンさえ終われば、後は固定資産税の年間12万円が生活費における住居費。
サラリーマンの天敵の一つ、住宅ローンを30歳代前半で退けたのは大きかった。
それは40歳代へ入っていく中で、次の天敵「教育費」がやがて来る事で住宅ローンがない事の効果は多大です。
・・しかし・・
この時の私は34〜35歳当時の私には想像もしていませんでした。

想う事
若い頃、20歳代の頃は、自分の30.40歳になった時の事を想像できません。幾ら年上の人に説教されようが、20歳やそこいらで、40歳になった自分を考えられるわけがない。
私は20歳当時、バブル期には「一生、フリーターで、のほほ〜んと生活できる」と確信してましたよ。

然し、20歳代、30歳代、40歳代というのは、それぞれが単独で存在するのではなく、連鎖しながら続くものだから、20歳代で「何をやり、何を残せたか」で30歳代が決まると言っても良いかもしれません。
当プログに訪問してくださる若い方には、年代ごとの連鎖性を少し意識して頂ければいいんではないでしょうか。

個人的には、もうすぐ数年で50歳代に入るので、残り少ない40歳代を思案中です

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posted by himotanuki-f at 04:35| 愛知 ☁| Comment(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

不愉快だ

30歳で持ち家を得て、結婚生活を始めた当時の私たちの生活は?というと・・

私は朝6時に自宅を出て、帰宅が18時30分〜。
奥様は当時は超零細会社の事務職でした。会社が通勤時間1時間超の遠方にありながら継続して勤務。
私より早く出勤していました。その上で家事もこなしていましたから、かなりハードな生活だったでしょう。
互いに帰宅し、食事等を済ませると疲れて日常会話もそこそこに「明日に備えて寝る」だけの生活。老人夫婦の生活と言われる所以でした。

家計の分担では、私の収入から光熱費、住宅ローン等で年間130万円{推定}の支出。この時から、今の家計スタイルは定着していました。
奥様の収入から食費や雑貨等を負担。
この辺は共働きの最大の利点ですね。

サラリーマンの3大天敵、住宅ローン、教育費、保険
私の目の前に現れた最初の天敵、住宅ローン。

住宅ローン借入は・・
住宅金融公庫{当時}・・1200万円{35年 固定 2.55%}
銀行ローン‥800万円 {3年変動 2.11%}という内訳でした。
ボーナス払い無しで推定 約85000円

銀行には借りる必要もなかったのですが、不動産屋の担当営業マンと銀行へ行き、ローン手続きを組んだときに銀行側から「借りてほしい」という要請があったから。
当時年収が500万円超で頭金が1500万円。優良借主ではありましたから「借りさせやすい客」だったのでしょう。
金利が少し低かったこともあり借り入れを承諾・・これはよくよく考えると手数料がかかり失敗でした。

やがて・・とても不愉快な使者がやってきます。

郵便ポストに金融公庫から届いた封書
中を開くと35年間分の毎月の支払金額とその内訳{元金と利息分の割合}
知っています? 私も知ってはいましたが、明記されていると、これ程腹が立つものはない!!
支払当初は利息の支払い分が多くて、元金支払い分など少ないんですよ。
しかも35年分がずらぁぁ〜〜と記載されている・・卒倒したくなります

「知っていることと解っていることは違う」・・痛感!

ここで横暴な亭主は結婚したての奥様に無慈悲な宣言をしたのでした。

「6年間我慢してほしい。6年で住宅ローンを完済させるから」

6年という期間は、当時の給料所得者の住宅ローン控除{年末調整でするやつです}期間が6年だったから。

・・
横暴だよなぁ・・自分が女性ならドン引きだろうな・・
よく我慢してくれたものです。

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posted by himotanuki-f at 05:04| 愛知 ☔| Comment(2) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月15日

青春の終焉・・お金にはジェットエンジンが付いている

私にとって30歳は人生の激変期でした。
それまでは一人暮らしで、勝手気ままな生活をしていたのが「結婚」を機に生活が一変。
恋愛は「好きよ、嫌いよ」のある意味仮想世界の関係。結婚へと進むと「どこに住むの?光熱費は?食費は?」と、とってもリアリティに富んだ世界の扉が開きます。

このプログ、特に回顧録は過去の貯蓄形成に関して重点を置いているので、甘い新婚生活・・友人に言わせると「老人夫婦みたいな生活」は棚の上に放り投げ、この時期の怒涛のような貯金の動きを追っていきます。

当時30歳の私の経済環境
貯蓄金額 2200〜2500万円{推定}
会社員年収{当時の役職は主任} 550〜600万円{推定}
この年収だと可処分所得が400〜450万円の間だったような気がします。20年近く前の事なので
推移金額が多い。しかし、それ程違ってはいないと思います。

住居

結婚に際し、最初に直面するのが「何処に住むか?」でしょう。
結婚に至る過程で紆余曲折があり、この時も友人に助けられました。
改めて感謝したい。本当に友人に恵まれたと思っています

実は入籍より同棲状態が先で、この時点では夫婦ではありませんでした。住んでいたのは私の1DKの部屋でした。1DKでは限界があるので引越しを考え、いくつか候補をピックアップ。

@ 同じ団地{公団住宅在住でした}の2DKへ引越し。但し抽選がある
A 民間賃貸への引越し
B マンション購入
C 分譲戸建て購入

最初の選択は@でした・・が、抽選にハズレて撃沈。くじ運悪いんだよね。

Aは選択肢に入れましたが、関心なく却下。

残ったBCで数カ月探しまくった結果、「住んでも良いかなぁ」と衝動買いしたのがCの選択で、現在の自宅です。

奥さんも車に乗らないので、住居には外せない条件がある。
@ 病院が近い
A 公共交通機関が近い
B 役所関係の公共施設が近い
C 日常の買い物に不便さがない
この4点を備えた立地で、私の住宅ローンを考慮したうえでの価格上限が3500万円の物件。
北間口であることは、この際些細なことでした。

購入物件を決めて、頭金や事務手数、住宅ローン、火災保険料、新しい家財道具、引越し費用・・怒涛のごとくお金が動いていく。
私が「お金の効力」を認識した時期でした。
わかりやすく言うと・・「貯金があってよかったね」
・・です。親からの資金援助はゼロでしたからね。

あくまで推定で、当時の分譲戸建て購入時の資金の流れです。今後、購入をお考えの方がいれば参考になれば・・

4LDK分譲建売住宅 3500万円
事務手数料     約100万円{ニコニコ現金払い}
火災保険料     約30万円{ニコニコ現金払い}

頭金1500万円 
住宅ローン2000万円 {金利2.55%}
35年ローンで ボーナス払い無し
 月額 推定 85000円


新規家財道具  約50万円{ニコニコ現金払い}
引越し費用 ??よく覚えていませんが現金払い

ここで最大の援助者がいました。
奥さんです。
頭金のうち、500万円、家財道具費用を全額負担してくれました。当時、彼女も高校卒業後、零細会社の事務職でコツコツ貯めていた貯金があったらしく、その中からだ資金提供してくれました。
・・離婚したら、家財道具を全部持っていかれても文句が言えないね状態・・です。
・・ある意味、似た者同士なんでしょう。

この援助は大きかった。私が頭金等を出した上で、まだ7,800万円の余力を残せていましたから。

新居を買い、新しい生活を始めて・・住宅ローンも始まって・・
それまでは「使ってないから勝手に貯まっていく状態」で、自分の明確な意思なんて全くない。
私が初めて意識して、自分の意思で「お金を貯める」事に目覚めた時が、やがてやってきます・・


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posted by himotanuki-f at 07:35| 愛知 ☀| Comment(2) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする