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2013年12月11日

20歳代安定期と種銭

20歳代というのは社会人としての経験や知識を蓄積し、家計に置いても「種銭」を形成させれる年代だろう・・
・・と思う・・たぶん・・
   ・・ヒモタヌキ父の私見・・


A社に入社したのが22歳。
働き始めた当初の収入は手取りは15万円程度だったと思います。一人暮らしをし、家賃や食費、光熱費を払えば、残る金額は小額ですね。
しかし少額といえども、月額5万円でも年間60万円が残りますね。
私見ですが、この3〜5万円が残るか残らないかが、貯金出来る人種と消えてなくなる人種の境界線のような気がします。

A社は基本、同族経営の町工場で、大手メーカーの下請けでした。当時は将来性があるようには見えませんでした。何せ、大雨が降ると工場の中が雨漏りするくらいのボロ工場・・将来性豊かだとは思えない。

数年後、転機が訪れました。
下請で受けている商品が売れたのです。
売れて売れて、忙しくなり、残業や休日出勤も増加の一途。どんな商品でも下がるときはきますが、売り上げが落ちる頃になると、派生商品が出て、それも売れていく。
給料の基本給の見直しがあったりして収入は右肩上がりに上昇。この状態は病気で退職する平成17年末まで続くことになります。
日本が「失われた20年」に突入し始めた頃のことです。

収入が増加していく中、私自身の生活はまるで変化がない
家賃35000円の部屋に住み、光熱費等込みでも約5万円の基本生活費。忙しいから、食費や小遣いで約5〜7万円。
「疲れて帰宅して、使っている余裕もない」
年収200万でも500万円でも年間支出が120万円程度で納まってしまう生活。
年収550万円ほどあれば可処分所得が約400〜450万円。引き算しても年間300万円は残っていく。
3年間、仕事しているだけで1千万以上が残る単純計算・・
分かり易いでしょう?

この頃でも自分が貯金をしている意識なんて、まるでありませんでした貯金というのは「欲しいものを手に入れる為」にするものです。

欲しい物が極端に少なく、煙草と珈琲、お気に入りの作家の本があれば満足して生活できてしまっていた私には貯金と言うより「単に使い道のないお金」が増えていくだけ。

30歳時点で預貯金2500万円程あったかなぁ。
これが30歳代へ続く「種銭」になりました。

そして30歳。
でそれまでの生活が激変。
結婚したのです。

お金を貯めるには収入を増やして支出を減らすこと
欲しいものは買わない、必要なものだけを買う


そして「運」・・A社に入社した頃にはボロ会社だったのに、急成長と言っても良い経過をたどり、劇的に収入が上昇する。町工場の平社員が30歳で年収500万円超なんて、今時ありえないでしょう?

そうです。30歳までの私がその後の生活を支える資産形成できたのは「悪運」だけなんです。

・・悪運では参考にならないよ・・


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posted by himotanuki-f at 03:01| 愛知 ☀| Comment(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

挫折と基本姿勢

私お最終学歴は三流工業高校卒です。
家庭事情で大学進学など選択肢に無く、高校卒業後は仕事をするつもりでの高校進学の選択でした。三流なのは学力ですね。
バイト三昧の学生生活を送りながら、学校では睡眠を取るという生活。で、成績はまぁ、普通よりまし、というところでした。下の方にいなかったのは友人のノートのおかげです。授業中に寝てるから、まともなノートなどとれるはずもなく、試験前に友人にノートを借りまくり、コンビニでコピーしては、それを書き写す・・そんな試験勉強でした。友人のノートが優秀だったんですね・感謝しないと。

高校3年生になれば就職活動が始まります。当時の志望はセラミック関連会社。成績的には問題がありませんでした。
しかし・・ここで挫折。
理由は先天性弱視による視力障害。
コンタクトや眼鏡での矯正が効かず自動車免許も取れない。自分が視力が悪い事は知っていましたが、社会人としての欠落とは考えていませんでした。
それから何社断られたことか‥
病院や視力回復センターなどへ通い、手術も受け、それでも先天性疾患の壁は越えられませんでした。
自動車免許取得に必要な0.7以上の視力が欲しい

どうしても欲しくて、欲しくて・それでも一生手に入らない。
卒業まで数カ月だと言うのに「学校やめようか・・」とも考えました。
どうしても欲しくて・・一番欲しい物が手に入らない・・それがいつしか、一番欲しい物が入らないと2番目以降のものが色褪せてしまう。
そして私の中で「物欲」が削ぎ落ちていきました。
勿論ゼロではないし、今でも欲しいものがあります。しかし、「欲しい物と必要な物」という選別工程が入るようになったのです。
特に20歳代はその傾向が強かった気がします。ここ数年間は選別工程が緩み、物欲が強くなっている傾向がありますね。
少しづつ、年齢を重ね、自動車免許を欲した強烈な劣等感から解放されているのかもしれません。
それとも・・
ヒモタヌキを得て、自分の持ちえなかった物を持っている息子に代替えの満足感があるのかもしれません。

そしてもうひとつ、自動車に乗れない、ということは
車も買えないし、維持費も必要がない。これは貯蓄の効率化で非常に大きい。
車1台200万円として20歳から40歳までの20年間を5年で買い替えるとして4台で800万円。これに係る保険や車検、ガソリン代で、さて幾ら?
この支出がないというのは、かつてA社で先輩諸氏に言われたことでもあります。

ただ・・車を乗り回したかったなぁ・・

卒業そして就職

バブル期だというのに就職に苦労しましたが、それでも採用してくれた会社があり、高校卒業。
が・・
高校から就職した会社を4ヶ月、2番目に転職した会社は9ヶ月で退職。その後A社で長期アルバイト。フリーター生活に入りました。
A社を3年で辞め、その後半年間アルバイト先を転々・・
縁あってA社に戻り正社員になりました。
・・
ここまでで22歳。
全くお金が貯まる、貯蓄とは無縁の生活ですね
18歳以降、一人暮らしを始めていますので、家賃や生活費もかかります。

うーん、ここまで回顧すると、私は相当、駄目駄目な人生ですね。
辛抱できないし、根気も無い。

煙草は16歳から吸っているし、酒も飲んでる・・

逆説的ですが、こんな20歳代前半を送ってきたので、「なんとかなるよ」と言えるんですけどね
 
しかし・・これではヒモタヌキが暴走しても怒る資格ないですね・・面目無い・・

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posted by himotanuki-f at 07:11| 愛知 ☁| Comment(2) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

欲望の噴出期

まえがき

前回記事でコメントを頂いたumiさん・・ありがとうございます
「いつから資金を増やしたか?」
という問いに対し、「普通の何処にでもいる、ありふれた凡人」にできる貯蓄法もあるんだよ・・という、これは私自身の回顧録にもなりますが・・何回かに分けて記事にしてみたいと思います。

最初に、昨年末から始まったアベノミクス相場、10万円単位の資金を数百、数千、数億円単位で増殖させた才ある投資家の方々や起業やアイデアで財を築いた方々・・こういう才ある方法を知りたい方は、そういう方の本なり情報を参考にしてください。
私にそんな才能はないですし、華麗な資産形成テクニックもない。
格好つけて語れば「時間と欲の効率化」と表現できるかもしれません。長編になりそうなので、派手で華麗な方法が好みの方はスルーしてくださいませ。

1 背景
欲望の噴出

私の幼少期、父親が放蕩だったが故に、かなり貧乏でした。小学生時代の給食費の支払いが滞るくらいに。習い事もせず、現在のヒモタヌキみたいにスイミング、テニス、英会話・・なんていうのは上流階級のみが許される習い事という感覚ですね。当然「小遣い制」というのも存在せず、自分でお菓子を買い食いする事も無く、「自由に使えるお金」に目覚めたのが高校入学後、アルバイトをやり始めた以降です。

高校1年生の夏頃、人生初のアルバイトを始めました。近所の新聞販売店での新聞配達です。
今やっている事と変わらない{苦笑}・16歳から30年以上経っても進歩ないねぇ・・
最初に貰った給料が「4000円」
今でも鮮明に覚えています。4000円をもらった時の感動といったら「天にも昇る高揚感」でした。
16歳にして初めて「自由にできるお金」を手にした私は「お金を稼ぐアルバイト」の味を知ってしまった薬物中毒者の様でした。
その時貰った4000円は・・全額、コミック本に消えました。
リングにかけろ  車田正美 だったと思います。

「稼ぐ味」を知った私は、それ以降片っ端からアルバイトを始めました。
新聞配達を継続しながら、接骨院内にある薬湯{お風呂}の夜間清掃、弁当屋の厨房、コンビニやスーパー等へ行く巡回清掃、飲料やアイスなどを取り扱う会社での配達助手・・
早朝4時から新聞配達をし、学校に行き、帰宅してはバイト先へ。帰宅するのは20〜21時頃。
日曜や夏休みなどはフル稼働でバイト生活。
月収で5万円ー10万円、夏休みになれば20万円はあったでしょうか。
16,17歳の子供がそれだけ稼げば、当然金遣いが荒くなり「まぁ、全部使っても、また稼げばいいや」等とバブル期の欲ボケ大人の様になり、「稼いだお金は全額使い切り生活」になっていました。
・・私の金遣いが荒い、ある意味最大の黄金期だったかもしれません。
使い道は高校の授業料、定期雑誌の数冊購読、外食費、通学等で使う自転車を取っかえ引っかえしてたり、20万円前後するようなオーディオやPCを買ったり、本屋へ行っては「大人買い」したり・・{使うのが楽しかったなぁ{遠い目で・・}

今思えば、この時に「金遣いの荒い時期」を経験したのはプラスでした。
良くも悪くも金遣いが荒い時期があった事で、お金の使い方を学んだ様な気がします。

しかし、この状況が一変する時期が来ます。
人生を変えた「現実」が来ました。
               ・・つづく・・


新聞配達の時間です・・行ってきます

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posted by himotanuki-f at 03:12| 愛知 ☁| Comment(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする